日本とイギリスの狭間で
イギリスを出る時、１週間で日本から帰る約束でしたが、もし私がイギリスへ帰ると、もう日本へは戻って来ないのではないかと心配する新間さんから(笑)、「帰るな！」と言われていました。私は常に耳元で囁いていました、「イギリスへ行かなくてはまずいですよ」と…。
この時日本ではまだ、いくら説明してもイギリスでのサミー・リーの存在を誰も知らない状態でした。「実は私は、イギリスでは凄いのですよ」なんていう性格ではありませんでしたから、(後に梶原先生の本に書かれて、徐々に発覚していきました)控えめに言うしかなかったと思います。しかし、時が経つに連れ、帰らないとまずいと真剣に思うイギリスへの責任が、大きくのしかかってきました。ところが会社が私を送った先はメキシコでした。
当時メキシコは日本とマスコミの繋がりが強く、情報が行き渡っていて、私はタイガーマスク(ティグレ・エン・マスカラード)として大変な歓迎を受けます。一週間位のメキシコ遠征から帰り、日本定着に安定した頃、ようやくイギリスへ帰ることができました。
一人二役のジレンマ
滞在期間は約二週間程度の日本遠征でしたが、メキシコとは違い、日本とイギリスの繋がりは殆ど無く、タイガーマスクの情報をまだ誰も知りません。当然、私は素顔のサミー・リーでの出場となります。イギリスへ着くとプロモーターは何とも言えない顔をしていましたが、ファンは待ってくれていました。「サミー・リー、カムフロム、トウキョウ・ジャパン」久々に聞くいつものアナウンスは、心地よい感覚でした。しかし、素顔で答える私にはすでに違和感が生じていたのです。この時は逆に、タイガーマスクへの責任を感じているのでした。マスクを被らずリングに立つことが気まずくなっていたのです。それまでイギリスではメインエベンターとして、特殊な立ち位置にいました。当然、サミー・リーの方が断然強いキャラクターだったのですが、イギリスも全国へのテレビ放映があります。
もし誰かが両方のファイトを見たら、バレてしまう…。タイガーマスクだから、サミー・リーだからと、ファイトスタイルを変える事はありません。私は私ですから。新日本で培った魂をこなすだけです。日本では誰もサミー・リーを知らず、ここでは誰もタイガーマスクを知りません。私は与えられた二つのキャラクターに不思議な感覚でした。
言い出せない想い
そして、もう一つの秘密、 19才の時、「お前を新格闘技の選手第一号にする」と猪木さんに言われていた事です。メキシコに行き、イギリスに行き、帰ってくると、タイガーマスク。３年間、宙に浮いたようにその話は一切出ませんでした。誰にも相談できず、思い切って猪木さんに聞こうとしましたが、忘れていたのなら大変失礼な事だし、聞けないでいたのです。当時の新日本が、他の事業の損失で危機的状態になっていることはレスラーにも詳しく知らされていたので、それどころではないのかも？ 私は会社の為にタイガーマスクをこなし続けます。売れれば売れる程、その構想は霞の様に薄くなって行き、逆にタイガーマスクは大変な事になって行くのでした。
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