世間との温度差
当時、いきなりスターになってどういう気持ちですか、とよく聞かれましたが、誰も私の身の上は知りませんでした。
慣れというのは恐ろしいもので、若干二十三歳であっても、三年間の海外修行を、ベビーフェイスでメインエベンターであった私にとって、どんなに人気が出ようと、仕事として割り切れていたのです。 即ち、人気があるという感覚に麻痺していて、何も感じなくなるのかもしれません。普段マスクをしてない私には誰も気がつきませんでしたし、当時、スーパーアイドルなんて言われもしましたが、正直、くすぐったい気持ちの方が強く、カール・ゴッチさんやアントニオ猪木さんに育てられた私には、コンディションや試合の事の方が、重要な使命感であり、スター気取りなんてあろうはずもありませんでした。普段のまま冷静な私だったのです。私が人気を気にするのは、会社にどう貢献ができているか？という意識でした。
熱烈な追っかけの子供たち
人気のバロメーターとして、追っかけというファンの子供達が、道場の前に集まるのですが、最初は二、三人程度でした。当時、プロレスの道場に選手目当てに来る子なんて殆どいなかったのです。しかし試合を重ねるごとに、あっという間に増えてきて、多い時には五十人程が集まるようになりました。最初、私は道場でマスクを着けずに、皆と練習をしていたのですが、おかげで、練習中でも被ることになったのです。
当時、道場の屋根はトタンで、夏場の暑い時期にはワザと窓を閉めきって、館内は40度以上になるのでした。
ハードトレーニングを課す目的ですが、よく死人が出なかったなと思います。その中で、マスクは相当なハンデでした。
ありがたい、古くからのファン
ファンの方には出来るだけ求められるサインや、写真撮影には応じていましたが、良い事は忘れても、悪かった事は心に残るものです。例えば、時間の都合からサインの対応などが出来ない事もあるのですが、ファンの方には解かりません。
申し訳ない思い出の方が、今でも記憶に残るものです。反対に、記憶に過ぎ去るのは、あたり前のこととして行っていた良い対応の方です。あるデパートでのサイン会が終わり、会場から引き上げるときに、出口で母親に連れられて、私を見ると突然泣く子がいました。聞いてみると、サイン会に遅れたところへ帰る私を見て、終わった事を悟り泣いてしまったというのです。私は歩み寄りサインをして握手をしてあげました。それから三十年も経った頃、すっかり忘れていたのですが、 ある日、40代位の人から、本人がその時の子供だと詳しく打ち明けられた時、私も鮮明に思い出しました。
また、道場にまで来る当時の子供達の中には、４５年も経った今でも忘れずに会場に駆け付けてくれる人達がいます。
いつも、その当時の子供の顔と、大人になった彼らの変化に驚愕すると同時に、「ありがたい！」という感情が湧き上がるのです。また、私だと分かった街で出会った人に、突然泣かれたりすると、物思いに耽る私です。
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