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祖母からの忘れえぬ贈り物

A Trip Down Memory Lane こころに残る四季折々の日本 Vol.01
祖母からの忘れえぬ贈り物
by 加瀬 はる美

「はい、こんにちは」。

その明るい声がお茶の間に響くと、私は決まって、台所へと一目散に走りました。幼かった私にも、その声の主が、いつも前触れなく勝手口からヒョッコリと現れる大好きな祖母だとわかっていたからです。

その年の夏も、祖母はある日突然、実家を訪ねて来ました。そして母が買い物に出かけると、「はーちゃん、一緒に踊りを踊ろうか」と、お茶の間の隣の部屋に私を誘いました。

言われるままに付いて行くと、祖母は「掘ってぇ、掘って、また掘って。担いで、担いで、下がって、下がって、押してぇ、押して、開いて、ちょちょんがちょん」と、何やら口ずさみながら、いきなり一人で踊り出したのです。

不意を突かれて驚く私にかまうことなく、祖母は「ほら、はーちゃんもやってみて」と、私の背中に回って手取り足取り、「掘ってぇ、掘って、また掘って」と唄の内容に倣って一通り、その踊りの踊り方を教えてくれました。

さらに、今度は私の先に立って踊りながら、時折振り返っては「上手、上手」と目を細めていたものです。

盆踊り

実家近くの神社で毎年恒例の盆踊りが催されたのは、祖母が暮らしていた板橋へ戻ってしばらく経った頃だったでしょうか。

兄と二人で母に浴衣を着せてもらい、弾むような気持ちで盆踊りに出かけた日、「踊っておいで」という父の言葉に促され、私と兄は盆踊りを踊る人の輪に混じりました。

そうして聞き覚えのある「オバQ音頭」や「東京音頭」を周りの大人たちの見よう見まねで踊った後、何やら耳慣れない曲が流れてくるのを聞いたのです。

それまでと同じく、見よう見まねで踊ろうと周りの大人を観察していた私は、思わず「あっ!」と声をあげました。

その曲が、祖母が遊びに来た時に踊り方を教えてくれた「炭坑節」だと気付いたのです。私は、脇目も振らず「掘ってぇ、掘って……」と唱えながら、無我夢中で踊りました。けれど炭坑節が終わってしまうとなんだか急に寂しくなって、盆踊りの輪を抜けて父の元に駆け寄りました。

「はーちゃん、上手に踊れたわね」。声をかけてくれた母に、私は咄嗟に「さっきの曲、こないだおばあちゃんが踊り方を教えてくれたんだよ」と告げました。

一瞬キョトンとなった後、「あら、そうだったの」と答えた母の表情は、なんだかとても嬉しそうでした。

「二人とも、お腹すいただろ」という父の言葉に、私も兄も大きく頷くと、お好み焼き、たこ焼き、焼きそば、イカ焼き、りんご飴、綿アメなど、選り取り見取りの屋台が並ぶ神社の参道めがけて走り出しました。

50歳を超えた今もなお、盆踊りと聞くと必ず、この日食べたお好み焼きと綿アメの格別な美味しさが、祖母の思い出とともに蘇ってきます。

Writer’s Profile

加瀬 はる美
加瀬 はる美
立教大学卒業後、大手広告代理店・制作会社で企業のPR誌、採用広報誌などの企画制作を担当。2016年、語学留学のためLAに渡米。2020年6月に帰国以降、これまでの経験を活かしたネットビジネスに従事する。

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