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おふくろの味の原点

A Trip Down Memory Lane こころに残る四季折々の日本 Vol.02
おふくろの味の原点
by 加瀬 はる美

「出〜たぁ、出〜たぁ、月が〜。まぁるい、まぁるい、まんまるい〜。盆のような月が〜」。

約50年前の9月のある日、「月」というこの曲を近所中に響き渡る大声で歌っていたのは、誰でもない、小学1年生の僕だった。普段の僕なら絶対にしないことだ。

この頃はまだ、世の中どこを探してもカラオケボックスは見当たらず、大声で唄を歌うなど、引っ込み思案の僕にとっては想像もつかないくらいハードルの高いことだった。

けれどその日の小学校からの帰り道、あと数十メートルで自分の家に着くという路地の角まで来た途端、僕はどうしたわけか、自分の中に大声で歌いたい気持ちがムクムクと湧きあがってくるのを感じた。

目の前にまっすぐ伸びる小道に人影はまったくない。「どうか誰も外に出てきませんように!」。心の中でそう願うと、僕はスゥーっと深く息を吸い込み、思い切って「月」を歌い始めた。

その間、約15秒。胸のドキドキは収まらなかったものの、運良く誰にも出くわすことなく、最後まで歌うことができた。兎にも角にも僕は生まれて初めて、”外“で、”大声“で、そして”アカペラ“で一つの曲を歌い切ったのだ。

「ただいまー」。玄関の暖簾をくぐり、僕は家にいる母に声をかけた。大声で歌いながら帰ってきたことは母には内緒。いたずらが成功したような、なんとも愉快な気分だった。

「おかえり」。振り返った母は、台所で何か拵えていた。あたりに漂う匂いだけで、それが僕の期待通りのものだとわかる。担任の島田先生が、「今日は家族みんなでお月さまを見ながら、お団子を食べる日ですよ」と言っていたからだ。このお団子がまた食べられるのかと思うと楽しみが急に現実になり、「月」が歌いたくてたまらなくなった自分の気持ちを、僕はこの時はじめて理解することができた。

お団子
気がつくと僕は、母の手に釘付けになっていた。直径2、3 cmほどの満月のような美しい形にお団子を整えていく母の手は、まるで魔法が使えるかのようだ。まさに唄の「月」のように”まんまるい“お団子の脇に、自家製の粒あんが添えられた我が家の定番の”月見団子“が出来上がっていく。

夕食後は父、兄、僕、母の順に並んで縁側に座り、中秋の名月を見上げた。ほどなくして、銘々皿に盛った月見団子を母が配ってくれる。家族全員の「いただきます」の声が庭に響いた。待ってましたとばかりに、粒あんをたっぷりと乗せた一つ目のお団子を僕は一口で頬張った。

形の残る小豆の粒が、口の中で柔らかく潰れていく心地よさ。飲み込まずにずっと味わっていたいような、ほんのりとした甘さのえも言われぬおいしさに、自分が笑顔になっていくのがわかる。

我が家のお月見はまさに花よりだんごで、これといって特別なことは何もなかった。

けれど、お月さまのようにまんまるいお団子に、粒あんが添えられた”母お手製の月見団子“は、僕にとっては間違いなく、”おふくろの味“の原点となっている。

Writer’s Profile

加瀬 はる美
加瀬 はる美
立教大学卒業後、大手広告代理店・制作会社で企業のPR誌、採用広報誌などの企画制作を担当。2016年、語学留学のためLAに渡米。2020年6月に帰国以降、これまでの経験を活かしたネットビジネスに従事する。

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立教大学卒業後、大手広告代理店・制作会社で企業のPR誌、採用広報誌などの企画制作を担当。2016年、語学留学のためLAに渡米。2020年6月に帰国以降、これまでの経験を活かしたネットビジネスに従事する。