You are currently viewing 零(こぼ)れんばかりの母の笑顔

零(こぼ)れんばかりの母の笑顔

A Trip Down Memory Lane こころに残る四季折々の日本 Vol.03
零(こぼ)れんばかりの母の笑顔
by 加瀬 はる美
「親孝行は親ではなく、自分のためにするものだ」。 ある芸能人が言ったそんな言葉が琴線に触れたのは、私が30代になってすぐのことでした。 ”孝行したい時に親はなし“という、ある意味お説教じみた言葉があまり好きではなかった上、自分自身、「まだ大した親孝行もできていない」というコンプレックスに近い自覚があったからかもしれません。 季節は秋。「母が自分の足で歩けるうちに、どこか旅行にでも連れ出そう」。そう思い立った私は、迷うことなく行き先を京都に決めました。20代の頃に仕事で京都に行った際、観光客でごった返すバスの様子に秋の京都の紅葉の素晴らしさを悟った経験からでした。 それでも母の足に負担をかけないよう、紅葉の名所は一箇所に絞ることに。旅行本をあれこれと見比べて、銀閣寺を訪れることに決めました。
もみじ

母と共に銀閣寺に到着すると、敷地内にある小山状の場所に所狭しと植えられた楓の葉が、それはそれは見事に赤く染まっていました。またその一方、11月下旬という紅葉の季節の終焉を物語るかのように、次から次へと散り急いでもいたのです。

そこかしこに植えられた動かぬ楓の木々と、その木々から色鮮やかな深紅を保ったままにハラハラと絶え間なく散ってゆく葉たち。そこにはその「静」と「動」が織り成す調和が生む壮大な美しさだけでなく、散りゆく楓の儚さが見せる哀愁までもがあったのです。それはまるで、この世から隔離された”神秘の世界“に迷い込んだかのようでした。

気がつくと母が、少し離れたところで散り落ちた楓の葉を拾い集めていました。私と目が合い、「散ったばかりの綺麗なやつだけね」と言う母の言葉に、潔癖な母でさえもそんな気持ちにさせる紅葉の美しさを、改めて感じたものです。

それでも私は、気の変わりやすいところのある母のことだから、「拾い集めた楓もすぐに捨ててしまうんだろうな」と思っていました。けれど京都旅行から戻った一週間ほど後に実家に遊びに行った私に、母は「ほら見て。これこないだのよ」と、家計簿の間に大事そうに挟んであった楓を見せてくれたのです。その瞬間、あることを思いついた私は、母に頼んでその楓を2枚ほど譲り受けました。

さらに1週間後の週末、再び実家に戻った私は玄関先で母の好物のお饅頭が入った袋をお土産として手渡し、「着替えてくるね」とすぐに茶の間の奥の部屋に入りました。

すると程なくして、「あらー!」という母の甲高い声が響いたのです。飛んで行くと1枚の栞を手に、母が頬を紅潮させていました。それは私が母から譲り受けた楓の葉2枚の配置を考慮し、パウチ加工で仕上げたものでした。母の好物のお饅頭と一緒に袋に忍ばせておいたものを、いち早く母が見つけたのです。

「栞にしてくれたのねぇ……」。その笑顔を見られただけでもう充分。

「親孝行は親ではなく、自分のためにするもの」。私にそう教えてくれたのは、母の零れんばかりの笑顔でした。

Writer’s Profile

加瀬 はる美
加瀬 はる美
立教大学卒業後、大手広告代理店・制作会社で企業のPR誌、採用広報誌などの企画制作を担当。2016年、語学留学のためLAに渡米。2020年6月に帰国以降、これまでの経験を活かしたネットビジネスに従事する。

関連記事

スポートを物語る

by Satsuki 仕事を辞めて駐在妻になる! そう決めたのは私自身なのに・・・ だんだん失っていく自信と自分に対するアイデンティティ。 これから先、私の人生はどうなるんだろう。 不安に押しつぶされそうになっていたのは […]

日本ではオレオレ詐欺などに代表される、電話を使った詐欺。アメリカにもいっぱいあります。むしろ頻度は米国の方が酷いかも?引っ越してきたばかりの頃は、状況が理解できず詐欺の被害に遭ってしまう方もいらっしゃるので注意が必要です […]

日本では、子供の頃から食に関してはしっかり躾けられ、大人になっても自炊や栄養バランスについて自分で考えられるよう教えられます。しかしアメリカではみなさんお気付きの通り、食に関する感覚がかなり違います。今回はアメリカの食育 […]

スティーブン曽我が語るファイナンシャル

資産の管理と形成を考えたとき、投資における税金の影響を理解しておくことは大切なポイントです。3つのキーワードをご紹介しましょう。「Before-Tax(課税前)」「After-Tax(課税後)」「Roth(無課税)」。投 […]

Q TiME編集長のお気に入りガジェット

筆者が今まで試してきた歴代ヘッドフォンの中で、ダントツに重低音が頭に響くのが、このSkullcandyのCrusher Evo。このヘッドフォンが、他の重低音をウリにしているものと一線を画している点、それは、小型サブウー […]

A Trip Down Memory Lane

夏休みといって真っ先に思い出すのは、決まって兄と二人で通った朝のラジオ体操だ。とはいえ、特別ラジオ体操が好きだったわけではない。だから、体育の授業のはじまりに毎回準備運動がわりに行うラジオ体操も、どちらかと言うとおざなり […]

悔いのない自分を生きるために 「自分軸」という言葉って、聞いたことありませんか? よく自己啓発の分野で見聞きすると思います。自分軸とは何かというと『自分の価値観を持ち、それに基づいて行動すること』です。言葉にすると簡単に […]

日本語de不動産のプロに聞いてみました

Q: ぶっちゃけオハイオの不動産ってどのくらい儲かるんですか? A: 2012年8月24日に購入したダブリンの戸建て、購入に要したお金$66,409。キャピタルゲインが①現在のエクイティ(純資産:価値-ローン残高)$19 […]

スポートを物語る

by 野口武 フラを踊っている」と告げると、決まってこんなリアクションが返って来ます。まず手で波の動きをしながら、「腰、振ってるの?」とか、「裸で踊るの?」とか、異世界の住人を見るかのような驚きの表情で聞いてくるのです。 […]

今回は、クレジットカード大国アメリカならではの現象をご紹介。みなさん、アメリカ生活ではクレカ使っていますか?また、現金は持ち歩いていますか? 今時の子供たちは現金がよくわかっていない? 小学校では一応紙幣や貨幣のお勉強は […]

心が傷つくその前に 長年ネットの悩み相談活動を続けてきた中で、肌でひしひしと感じていることがあります。それは「本当に沢山の人が、悪意ある人の言動に苦しめられている」という事実です。イジメ行為、もっと細かく言えば悪口、陰口 […]

スポートを物語る

by シュウ0 あなたはビリヤードをしたことはありますか? 55歳の私の母が会社員だった約35年前、ビリヤードはとてもメジャーなスポーツだったそうです。しかし現在、私の周りでビリヤードに通っている人は一人もいません。「ビ […]

おすすめ記事

漁師という生き方

九州南部のとある漁師町。県全体の7割もの漁獲量を誇り、天然の良港に恵まれた町がある。最寄りの駅からは、峠を越えて、くねくねしたリアス式海岸沿いの道を車で走らせること30分。穏やかな海に囲まれた漁港のそばで、何隻もの漁船が […]

お笑い芸人パックンのめっちゃポジティブになれるお悩み相談室

海外で暮らすと空気が読めなくなる…!? パックンに相談です。先日、5年間のアメリカ生活を終えて日本に帰国したのですが、海外生活が長かったせいか日本人特有の「空気を読む」ことが難しくなっています。会食中に「最後の一個残し」 […]

まるごとレモンでビタミンチャージ! ビタミンCの代表選手とも言えるレモン。レモンの爽やかな酸味と香りは、お料理を引き立たせてくれるだけでなく、風邪の予防など健康に嬉しい栄養素も含まれています。レモンは色々なお料理に使える […]

私は、所属しているU.S. armyからの辞令で、テキサスにある基地に転勤となり、2020年に3年の予定でコロラド州のデンバーからテキサス州コーパスクリスティに越してきました。コーパスクリスティはテキサス州で8番目の都市 […]

スポートを物語る

by サイラス・リュウイチ・トラン サッカーは、多くの人に開かれたスポーツです。私は、プロサッカーチームのないハワイで生まれ育ちましたが、幼少の頃からボールを必死に追いかけて、プロサッカー選手になる夢を叶えました。そして […]

新着記事

日本ではオレオレ詐欺などに代表される、電話を使った詐欺。アメリカにもいっぱいあります。むしろ頻度は米国の方が酷いかも?引っ越してきたばかりの頃は、状況が理解できず詐欺の被害に遭ってしまう方もいらっしゃるので注意が必要です […]

世界史雑談(ヒストリー サイド トリップ)

現在日本では、ファッションや音楽、料理など、昭和レトロのカルチャーが流行っています。同様に、ネクタイもお父さんが締めていたようなクラシックなデザインがトレンドだそうです。そもそも、ネクタイにはどういう歴史があるのでしょう […]

初代タイガーマスク 佐山サトルが明かす秘話

世間との温度差 当時、いきなりスターになってどういう気持ちですか、とよく聞かれましたが、誰も私の身の上は知りませんでした。 慣れというのは恐ろしいもので、若干二十三歳であっても、三年間の海外修行を、ベビーフェイスでメイン […]

石田純一 1954年東京都生まれ。1972年NHKドラマでデビュー。80年代には、数々のトレンディードラマに出演し、絶大な人気を得る。ドラマや舞台、映画など多方面で活躍。2021年に始めたYouTubeチャンネル「じゅん […]

by ルーバル朋子 スペインの宣教師がカリフォルニアで最初のミッションを建てたことから、サンディエゴのオールドタウンはカリフォルニア生誕の地と呼ばれていることをご存知ですか? ミッションはカリフォルニアに21ヶ所建てられ […]

漁師という生き方

60歳をこえると、少しの風邪が平気で長引くようになる。発熱と咳、なかなか治らんなぁと思っていたら軽い肺炎だった。少し体調が良くなったかと思えば、今度は集中豪雨。海がしけては漁に出られない。体調と天候の悪化がかぶると、漁師 […]

女子神職として初めての祭事で失態を犯してしまった私は、当日はさすがに落ち込んだものの、そこから心身ともに逞しく成長していった。ある意味初めに失敗したことで、もう恐れるものは何も無いという気持ちになったのだ。 そのうち祈祷 […]

クスリのいろは

目薬 目薬を使う理由は、①目の病気で定期的に②アレルギーなどのかゆみに③コンタクトなどドライアイに④疲れ目に、などではないでしょうか。カナダの山火事の影響で、中西部~東部では空気が悪い状態が続いていると聞きました。例年の […]

スポートを物語る

by Satsuki 仕事を辞めて駐在妻になる! そう決めたのは私自身なのに・・・ だんだん失っていく自信と自分に対するアイデンティティ。 これから先、私の人生はどうなるんだろう。 不安に押しつぶされそうになっていたのは […]

世界史雑談(ヒストリー サイド トリップ)

新型コロナウイルスは2023年現在、かつてのような深刻な脅威ではなくなっています。その理由の一つには、迅速なワクチンの開発があります。かつて多くの命を奪った病気を、ワクチンによって撲滅させた偉大な医学者を紹介します。 「 […]

加瀬 はる美

立教大学卒業後、大手広告代理店・制作会社で企業のPR誌、採用広報誌などの企画制作を担当。2016年、語学留学のためLAに渡米。2020年6月に帰国以降、これまでの経験を活かしたネットビジネスに従事する。