
「へんーしんっ。トゥッ!」。仮面ライダーの変身ポーズを決めると、僕はその場で大きくジャンプした。
「コラッ、のぶくん!暴れないの!」
間、髪を容れずに母が怒る。
5歳の七五三の日、母に羽織袴を着せてもらった僕はご機嫌だった。朝から僕の着付けにかかりきりの母や、僕の写真を撮るために趣味のカメラを入念にチェックする父の姿を見ていると、”今日の主役は僕!“という特別感が感じられて気持ちが高揚していた。
だから「後で神社にお参りに行くから、おとなしくしてるのよ」と母に言われたこともすっかり忘れ、当時子どもたちに大人気だったヒーローになりきってしまったのだ。

「のぶくん、千歳飴は自分で持つのよ」。
たとえ母に言われなくてもそうするつもりだった。ザラっとした舌触りのさらし飴ではなく、口の中で滑らかにとける僕の大好きな不二家のミルキーだけで作られた”ペコちゃん千歳飴“は当時発売されたばかり。親にせがんだ甲斐あって、自分の七五三にペコちゃん千歳飴を買ってもらえたことが嬉しくてたまらず、できることなら肌身離さず持っていたいくらいだったのだから。
父の運転で近隣の神社へ行き、お参りをすませると、父から神社の拝殿がうまく背景に収まる場所に立つように言われた。母が羽織袴の着付けを整え、千歳飴を僕の手に格好良く持たせてくれる。体裁が整うと、父はおもむろに自慢のカメラを僕に向けた。
家に戻れば戻ったで、ご近所さんに千歳飴を配るという”大仕事“が待っていた。
ミルキーでできた千歳飴を5本も貰えるなんて、子どもにとってはまさに”棚ぼた“だ。だから、それを配る僕自身、すごく嬉しくてワクワクしていた。仲良しの剛くんの家を皮切りに隣近所を次々に訪れ、僕はうやうやしい気持ちで千歳飴を配って回った。
とその時、誰かが僕の方をじっと見ている視線を感じた。ともくんという4歳の男の子だ。1週間ほど前に僕の家の数件先に引っ越してきたばかりで、彼の家は千歳飴を配る予定には入っていなかった。
でも僕にはともくんの気持ちが痛いほどわかった。だから心の中で「エイッ!」と掛け声をかけると、自分の分の千歳飴を一本、そっと彼に差し出した。
「はい。これおいしいよ!」
ともくんは見る見るうちに満面の笑みを浮かべ、千歳飴を引っ掴むと自分の家へ駆けて行った。それ以来、僕は年下のともくんと一緒に遊んだ記憶はなく、実家を出てからは彼の存在を思い出すことすらなかった。
けれどある年のお正月、自宅を二世帯住宅にしてご両親と一緒に暮らすようになった彼と何十年かぶりでバッタリと出くわした。
ともくんは開口一番、「のぶ兄ちゃんが七五三の時にくれた千歳飴が本当に嬉しくて。いつかきっと、ちゃんとお礼を言おうと思っていたんです」と言ってくれた。
僕はその彼の意外な言葉が嬉しいやら照れ臭いやら、「”食べ物の恨みは怖い“というけれど、逆もまた然りなんだな」と初めて知ったのだった。
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