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父の一仕事

A Trip Down Memory Lane こころに残る四季折々の日本 Vol.05
父の一仕事
by 加瀬 はる美

「今日の風は良さそうだね」。

お茶の間のガラス窓に鼻先をくっ付けんばかりにして快晴の空をじっと見上げていた私の背中に、まるで私の心が読めるかのように父が声をかける。

「そしたら今日は凧揚げに行けるよね?」

私は振り返って背の高い父の顔を見上げた。父がにっこりと頷く。我が家の凧揚げに父の存在は欠かせない。何をおいても、肝心の凧が父の手作りなのだから。

父が手ずから削った竹ヒゴを長方形に組んだ上に、私と兄が絵を描いた障子紙を貼って作る手製の角凧。父特製のこの凧は、近所の子どもたちが揚げる他のどんな凧よりも一等空高く舞い上がる。その英姿を見るたび、私は父の存在を誇らしく思ったものだ。

凧揚げ

毎年三ヶ日しかない父のお正月休みを逃したら、父と一緒に凧揚げができるチャンスはない。その上凧揚げには無風も強風も厳禁だから、私は毎年三ヶ日限定で”風の番人“と化していた。

「ノブは凧を持って。はーちゃんは糸を伸ばしながらあの大きな木の脇まで行くんだよ。お父さんが声をかけたらノブは凧を離して、はーちゃんは思いきりあの電信柱に向かって走ること。”いいよ“って言うまでは止まっちゃダメだよ」。

近所の空き地に着くと、すぐにも父の指示が飛んだ。兄と私は慎重に頷き、私は凧糸を伸ばしながら大きな木へと向かう。そうして聞こえた父の”よーい、どん“の声に従い、私は電柱めがけて全速力で走った。

いつの間に私に追いついた父は、「止まって! 糸巻きを貸してごらん」と私から糸巻きを受け取るが早いか、風の様子を見ながらクイクイと凧糸を操った。すると凧は、一瞬にして快晴の空に浮上した。

「ノブもやってみるか」。

父と私に合流した兄に、父が糸巻きを渡す。
兄は嬉しそうに受け取ったものの、しばらくすると風に煽られた凧が急降下しそうになる。

父は素早く兄の背中に回り、その手を取って一緒に糸を引いた。凧が安定すると「このタイミングで糸を伸ばすといいぞ」と糸巻きから凧糸を引き出し、さらに高く凧を浮上させて見せた。

「わぁ、高いねー」。

思わず歓声を上げた私に、父は「次は、はーちゃんの番だよ。お父さんも手伝うから、糸巻きを両手で持って。力がいるから気をつけるんだよ」と、今度は私の背後に回って兄から受け取った糸巻きを持たせてくれた。その途端、物凄い力が私の両腕に加わり、体ごと持っていかれそうになる。父はすぐさま左手で私の体を抱えると、右手で私の持つ糸巻きを操作した。私の両腕は軽くなり、凧は優雅に空を泳ぎ続けた。

最初から最後まで、凧揚げはスリル満点だった。そしてもちろん、その年も他のどんな凧より天高く舞い上がったのは父手作りの凧。私は大満足な思いと共に、父と兄の三人で家路に着いた。

「寒かったでしょう?」

家では母と、母特製の甘酒が待ってくれていた。

「あー、あったまるな」。

私と兄の顔を見ながら一仕事終えたように甘酒を飲む父の顔もまた、実に満足そうだった。

Writer’s Profile

加瀬 はる美
加瀬 はる美
立教大学卒業後、大手広告代理店・制作会社で企業のPR誌、採用広報誌などの企画制作を担当。2016年、語学留学のためLAに渡米。2020年6月に帰国以降、これまでの経験を活かしたネットビジネスに従事する。

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加瀬 はる美

立教大学卒業後、大手広告代理店・制作会社で企業のPR誌、採用広報誌などの企画制作を担当。2016年、語学留学のためLAに渡米。2020年6月に帰国以降、これまでの経験を活かしたネットビジネスに従事する。