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平家物語の清らかな地を訪ねて[和歌山]

旅のちから Vol.02
平家物語の清らかな地を訪ねて[和歌山]
by 近藤 祥紀
旅のちから

深まる秋に特別な読書をしようと考え、吉川英治が仕立て直した『平家物語』の世界を追ってみた。すると、前半部の主人公である平清盛が繰り返し「熊野」の名を挙げていることに気が付いた。和歌山には「熊野三社」と呼ばれる三つの大きな神社があり、当時から神聖な地として知られていたらしい。後白河上皇は熊野を34回も参拝している。この和歌山県・紀伊半島にある参拝ルート「熊野古道」は、現在その多くが「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコ世界遺産への登録がなされている。

この熊野古道の神聖な力にあやかるべく、私は世界遺産・熊野古道伊勢路「馬越峠」へと向かった。最寄りの道の駅「海山」は紀勢自動車道「海山IC」から5分程度の場所にある。海辺の直売店舗とあって、熊野灘で獲れた魚の干物や東紀州地方の名物「さんま寿司」など、珍しい海産加工品が店先に並んでいる。また12月からは「幻の牡蠣」の異名を持つ「渡利かき」が登場する。「渡利かき」は全国発送/販売も展開中だ。

次に、道の駅から徒歩10分程度、馬越峠へと向かう。美しいヒノキ林の足元には、自然石が折り重なるように敷き詰められている。隣をスタスタと通り抜けたお爺さんは地元の方らしく息切れひとつしていない。慣れていない私たちにとっては修行道だが、地元の方にとっては朝飯前の散歩道らしい。

修行道を歩くこと約30分、遂に山頂に辿り着く。標高522m。目の前にある巨大な天狗岩に掛けられたハシゴを上れば更なる絶景を味わえる。天狗倉山からさっそうと眼下に広がるのは尾鷲湾、北側には大台ケ原の山々が連なっている。空気が実に美味しい。

そして最後の目的地は、馬越峠同様に世界遺産登録がなされている「那智の滝」だ。海岸沿いの国道42号線を南下すること約1時間半、お土産屋さん「和か屋」に停車。お店では那智の滝をイメージした「お滝もち」が人気だ。つぶあんのほのかな甘みと軽く焼いた長く平たいお餅の香ばしさが、とても上品な味わいを誘う。

お店からは徒歩約30分、熊野那智大社の別宮、飛瀧神社のご神体として古くから人々に親しまれ続けて来た日本三大名瀑のひとつ、那智の滝に辿り着く。ひんやりと湿った風が頬を撫でる。断崖から原生林を切り裂くようにほぼ垂直で落ちる滝の様子に、何か神がかった気配を感じる。

清らかな世界遺産、熊野古道。今、自分が歩いている場所を平安時代、室町時代、鎌倉時代の人々も同じように歩いたのだ。そう思うと、しみじみとした感慨深さを覚えずにはいられない。

平家かやうに繁昌せられけるも、熊野権現の御利生とぞきこえし。

(平家がこのように繁栄したのも熊野の神聖なる御利益があったからだ。)

『平家物語』巻第一・鱸より

Writer’s Profile

近藤 祥紀
近藤 祥紀
上海・湘南で活動するライター/作家。大学時代、教育学を修めながらドストエフスキー文学とニーチェ哲学に没頭。その後に「ロボットの心」をテーマとした独自の論理学研究を推進。研究と執筆に邁進し、現在に至る。

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上海・湘南で活動するライター/作家。大学時代、教育学を修めながらドストエフスキー文学とニーチェ哲学に没頭。その後に「ロボットの心」をテーマとした独自の論理学研究を推進。研究と執筆に邁進し、現在に至る。