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「結」でつながる秘境を訪ねて[岐阜]

旅のちから Vol.03
「結」でつながる秘境を訪ねて[岐阜]
by 近藤 祥紀
旅のちから

日本の整った鉄道網や空路が私たちをあらゆる名所に連れて行ってくれる。それは観光だ。それとは別に、たっぷり時間をかけて遠い道のりを移動する旅もある。それは冒険だ。かつて陸の孤島と呼ばれた深い山々に囲まれた岐阜の山岳地、「合掌造り集落」で有名な白川郷(岐阜県大野郡白川村荻町)。この秘境に足を踏み入れるまでの歩みは、観光地として大きな存在感を示すようになった今であっても、やはりある種の冒険を感じる。近くには駅がないので、金沢・富山から高速バスや自動車で約1時間、あるいは名古屋から約2時間をかけて移動しなければならない。都内からなら約6時間の距離だ。

江戸中期から約250年を掛けて集落が形成されていった岐阜県白川郷。1970年以降、高度成長期で国が勢いよく古い木造建築をコンクリートと鉄骨に変えていっても、白川郷の人々は茅葺屋根の合掌造りとその生活・文化を守り続けた。いまで言うところのサスティナブル精神が世代を超えて受け継がれ、1995年12月には世界文化遺産への指定、2020年には「世界の持続可能な観光地100選」への選出がなされた。豪雪地域の生活に特化した建築様式である合掌造りは、断熱性・容量・風通しなど、あらゆる点において抜群の機能を発揮する。ただ古いだけではなく、技を磨き上げた結果の最適解なのだ。ドイツの著名な建築家ブルーノ・タウトが、これほど合理的・論理的な建築は日本ではまったく目にしたことがないと大きな驚きの声を上げている。

さて、実際にこの集落に入ってみるとーーこのような奥地で豊かな生活と文化を築き上げた先人たちにただ脱帽だ。私がここに足を踏み入れたのは豪雪が大地を覆う冬季。写真的には映える光景であるが、生活のことを考えると明らかに気楽な場所ではない。かつてこの時期の長い冬になれば雪が道を阻み、近隣の地域に行くことは不可能だった。交易も現金収入も得られない中で、何をするにも村人同士が支え合って暮らす必要があった。この助け合いの精神を「結」と呼ぶらしい。特に合掌造りは屋根の葺き替えをしなければならないので、お互いが常に労働力の貸し借りをし合い、「結」を繋げて生活を維持し続けた。この「結」の大事業はいまもなお続けられている。

秘境だけあって食文化も独特なものが残る。たとえば、古い合掌造りの民家を移築した店「白水園」で食べられる興味深い料理に「熊鍋」がある。熊肉を赤味噌と白味噌の合わせ味噌で煮込む料理で、噛みしめるほどにうま味がじわっと広がっていく。味噌つながりで、「お食事処 合掌」で食べられる「すったて汁」もヘルシーで味わい深くおすすめだ。大豆をすりつぶしたものを醤油、味噌で味付けしたもので、かつては報恩講料理(浄土真宗の祭事などでふるまわれる料理)であった。

食事を終えて外に出ると、冷たい風と雪に包まれた。しかし、心は温かい。建物も人も食も、何もかもがつながっていて無駄がない気がする。満たされた結の地なのだ。

Writer’s Profile

近藤 祥紀
近藤 祥紀
上海・湘南で活動するライター/作家。大学時代、教育学を修めながらドストエフスキー文学とニーチェ哲学に没頭。その後に「ロボットの心」をテーマとした独自の論理学研究を推進。研究と執筆に邁進し、現在に至る。

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上海・湘南で活動するライター/作家。大学時代、教育学を修めながらドストエフスキー文学とニーチェ哲学に没頭。その後に「ロボットの心」をテーマとした独自の論理学研究を推進。研究と執筆に邁進し、現在に至る。