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そぞろ歩きが似合う西の京、決戦の地に想いを馳せ[山口]

旅のちから Vol.07
そぞろ歩きが似合う西の京、決戦の地に想いを馳せ[山口]
by 近藤 祥紀
旅のちから

過日、ネットフリックスで『平家物語』のアニメを観たという知人の子供から「壇ノ浦ってどこにあるの?」と尋ねられて答えに窮した。歴史の散策探訪に興味があり、壇ノ浦合戦場の跡地にも実際に足を踏み入れている筆者がこれに即答できないとは洒落にもならない。咄嗟に出た言葉が「長州藩」であったが、明治維新の気風溢れる旧い呼び名では小学生の混乱を誘うのみ。幸いにも知人がすかさず「山口県だよ」と横槍を入れてくれたので、私は撫然と頷きこの場をやり過ごした。激動の中世内乱期から様々なドラマを産み続けている山口県。新しい県名よりも、のっぴきならない出来事が起きた地名の方がピンとくる。

巌流島

「西の京」、山口──足利氏に敗れた大内氏の京都への憧れの情が反映され、ここ山口市の設計は京都のような街並みが再現されている。そんな風情ある街中をそぞろ歩いていると、若者たちの中から「ぶち美味い」という言葉が聞こえてきた。「ぶち」は「とても・非常に」を示す山口弁である。こりゃ早速異国の情緒ありと感じたものの、実は山口弁は標準語に最も近い方言だという話もある。長州藩の偉人たちが新しい日本政府で多く活躍をしたので、東京の言葉の一部が山口化したそうな。

知人の勧めに従って向かったのは、秋吉台の地下にある鍾乳洞、秋芳洞。自然に恵まれた日本列島の中でも、ここの鍾乳洞はまた格別な驚きが得られるのではなかろうか。秋吉台のカルスト地形が生まれたのは、想像を遥かに超える3億年以上前。そこで龍が地底を這うように、果てしなく長い時間を掛けて造形されていった日本最大の鍾乳洞。一歩立ち入ると、しみじみ人間の小ささや儚さを感じずにはいられない。夏場であったせいで余計に冷気を背中に感じ、汗が一気にひく。丹洞内の照明を消した暗闇の秋芳洞を、懐中電灯1本で歩く夜の探検ルート。ひとつひとつの岩石が芸術を成している。なぜ自然はこのような完璧に近い造形美を生み出せるのか。ふしぎ、の一言に尽きよう。

美しさは細部に宿る。鍾乳洞の自然芸術がもたらした細部の造形にも圧倒されたが、山口の萩市の伝統工芸品である萩焼や萩ガラスの精細な色彩美にも感動を覚える。鉄分を多く加えて高音で焼くことによって、海底や宇宙のような深々としたブルーを演出する稀有な焼き物。焼き加減や材料調整によって淡い色合いのものもあるが、私はこのブルーにえらく惹きつけられた。ずいぶんと悩んだ末に形が気に入った箸置きを買った。山口名産の夏みかんを使ったジュース瓶、夏みかんポン酢、夏みかんマーマレード……どれもとても瓶が可愛く色合いが素晴らしい。萩ガラスの造形美がなせる業なのだろうか。

日本史における、大決戦の地。冒頭に挙げた壇ノ浦古戦場跡(みもすそ川公園)もそうだが、同じ関門海峡の地域にある巌流島もまた感慨深いものがある。日本最強を謳う剣豪、宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘した巌流島に、こぢんまりとしたフェリーで向かう。このような周囲に何もない小島でずっと待たされれば、そりゃ集中力も欠けよう。私が買った萩焼の箸置きのごとく、深いブルーが広がりゆく、雲ひとつない何やら宇宙まで突き抜けるような空を眺めながら、小次郎に同情した。

Writer’s Profile

近藤 祥紀
近藤 祥紀
上海・湘南で活動するライター/作家。大学時代、教育学を修めながらドストエフスキー文学とニーチェ哲学に没頭。その後に「ロボットの心」をテーマとした独自の論理学研究を推進。研究と執筆に邁進し、現在に至る。

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上海・湘南で活動するライター/作家。大学時代、教育学を修めながらドストエフスキー文学とニーチェ哲学に没頭。その後に「ロボットの心」をテーマとした独自の論理学研究を推進。研究と執筆に邁進し、現在に至る。