
大晦日夜の恒例番組「NHK紅白歌合戦」を、東部時間早朝に観戦したのは、渡米からちょうど3週間後のことだった。ワシントン駐在歴がある同じ会社の先輩から「朝から紅白を見るのと、ホーム・デポの品揃えに圧倒されてから、アメリカ生活の第一歩が始まる」と事前に言われていたので、第一関門は突破したことになろうか。航空便しか届いておらず、がらんとした室内で、朝日が差し込む中での紅白は何とも落ち着かず、途中で見るのをやめたのを思い出す。

長年の憧れだったニューヨーク・タイムズスクエアでのカウントダウンをテレビ観戦し、除夜の鐘を耳にしない年越しは実に新鮮だった。近隣の日系グロッサリーで売られていたおせち料理の充実ぶりに目を見張ったものの、目が飛び出るほどの高値だ。「せっかく米国に来たのだから」ということで、本当に食べたい食材だけを購入し、新天地での年明けを家族で祝った。
翌2日から通常通りの社会が動き始める米国。話には聞いていたが、経験してみるとそれはそれで「あり」だと思えるものだ。1年住んでみて分かったことだが、10月のハロウィンに始まり、サンクスギビング、クリスマスと長く続くホリデーシーズン疲れは、新年でようやく終わるのである。
妻は2日から出社し、子どもたちも近隣の日系幼稚園・保育園にそれぞれ通い始めた。ひとり取り残された私は、家を守る役割を担うため、足りないものを買い揃えたり、船便が届くのに備えて部屋のレイアウトを考えたりする日々がしばらく続いた。旧年中に生活に必要な環境を整えたとはいえ、海外引っ越しのセトルダウンでやることは満載だ。車がないと何も始まらないため、中古車探しや、運転免許取得の勉強も始めていた。
さて、人間は何かに没頭していると、他のことを考える時間や余裕が良い意味でも悪い意味でも失われていく。当時の私は、まさにこれ。異国での新生活立ち上げという任務を楽しみながら、取り組んでいた。見るもの聞くものすべてが目新しく、店員らの早口英語に苦労しながらも「良い1日(週末)を」、「あなたもね」などと気さくに話しかけてくれる米国人の陽気さに触れるだけで、元気とパワーをもらい、やる気が一段とみなぎった。
マンハッタンを歩いていた際、3歳の長男が「バーガーキングより、ライオンキングの方が強いの?」と無邪気に尋ねてくる。とにかく、子どもは順応が早い。瞬く間に、友達をつくり、米国の文化を吸収していった。妻は、新たな同僚に刺激を受けながらも仕事に邁進していた。
念願の船便100箱以上が到着し、荷ほどきをすべて終えると、達成感と充実感に浸る一方、ある思いがふと頭をよぎった。「さて、これから何をしようか」と。多くの駐妻の皆さんが経験したであろう、キャリア中断の実感、アイデンティティーの喪失が、どうやら私にも訪れたようだった。
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