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帰国した駐夫は、キャリアの再構築で苦戦するのか?

駐夫として暮らした米国 Vol.08
帰国した駐夫は、キャリアの再構築で苦戦するのか?
by 小西一禎
駐夫として暮らした米国

男性のキャリア中断が一般的ではない日本社会において、帰国後の駐夫はキャリアを再構築するにあたって、極めて不利な状況に置かれるのではないか――。

今春、帰国直後の2021年4月から通っていた都内の大学院で修士過程を修了した。修士論文のテーマは「配偶者の海外赴任に同行した男性の意識変容とキャリア設計 〜駐夫の帰国前後を中心事例として〜」。休職や退職した後、妻の国外転勤に帯同、帰国済みの駐夫経験者10人へのインタビューを通じ、渡航前、現地滞在時、帰国前後それぞれにおけるキャリア意識と行動を尋ね、帰国後のキャリアを再設計するに至った過程を巡る実態に迫ったものだ。

2018年春、家族旅行で訪れたワシントンDCの桜

冒頭の一文は、この研究を始める前に私が抱いていた認識である。世界的にも特殊さが際立つ日本的雇用慣行の「常識」に照らし合わせれば、数年間ものキャリア中断に直面した駐夫経験者は、かなりの苦戦を強いられるに違いない、と当初考えていた。

ところが、その認識はインタビューを重ねるにつれ、次々と覆されていった。結論から言えば「海外帯同によるキャリア中断は、極めて有益」であることが分かったのだ。正直なところ、この結果には驚かされた。同時に、当初の見立てとは異なる新たな発見を見出すことができ、帰国後の2年間、多くのことを先送りにしながら全力を注いできた研究で一定の成果が出て、安堵もしている。

駐夫に関する先行研究(既存論文)は、ごくわずかに英語論文が確認できるだけで、日本語の論文は、今回が初めて。駐妻の日本語論文については、かなりの数が蓄積されており、帰国後の再就職で苦労する実情が描かれてきた。周囲から夫に同行するのが当然視され、受動的にキャリア中断を迫られる。現地では、日本でのキャリアは脇に置き、夫のサポート役である「妻」であることを求められ、日本固有の性的役割を余儀なくされる。人間関係などのストレスにもさらされ、自己評価が次第に低下する。これらが、駐妻論文で言及されている内容だ。

一方、駐夫は、同行するか否かに関し、駐妻に比べて選択の余地が残されており、葛藤を経た後、キャリア中断の道を能動的に決断していた。自らの転勤と異なり、主体的な決断がゆえに自己責任が伴うため、渡航後はその重圧に悩み、葛藤や後悔、キャリア中断の不安にさいなまれるものの、「自力で切り拓く」と不退転の覚悟によって、もたらされた変化を受け入れ、「キャリアを中断させられた」との被害者意識とは無縁だった。

濃密な人間関係に拘束されず、ストレスから解放された現地では、日本とは大いに異なる価値観やジェンダー意識に刺激を受け、働き方に関する価値観が変化。帰国後を見据え、新たなスキル獲得や既存スキルの向上に積極的に務めたことによって得られた成長実感と自己肯定感の高まりを武器として堂々とアピールした結果、帰国後のキャリア構築にあたり、極めて有機的に作用していたことが浮き彫りになった。

しかし、日本社会に巣くう性的役割の固定化など新たな課題も今回の研究で浮かび上がったのである。それらは次回で。

Writer’s Profile

小西一禎
小西一禎
ジャーナリスト。慶應大卒。元共同通信社政治部記者。17年、妻の米国赴任に伴い休職、渡米。在米中退社。米コロンビア大客員研究員を歴任。各メディアへの寄稿・取材歴多数。「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表。
Twitter:chu__otto
Instagram:ponpyonpyon

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ジャーナリスト。慶應大卒。元共同通信社政治部記者。17年、妻の米国赴任に伴い休職、渡米。在米中退社。米コロンビア大客員研究員を歴任。各メディアへの寄稿・取材歴多数。「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表。