You are currently viewing 駐夫には極めて有益な帯同経験、駐妻にとっては?

駐夫には極めて有益な帯同経験、駐妻にとっては?

駐夫として暮らした米国 Vol.09
駐夫には極めて有益な帯同経験、駐妻にとっては?
by 小西一禎
駐夫として暮らした米国

前回に引き続き、この春に都内の大学院で修士課程を無事修了したのにあたり、提出した修士論文「配偶者の海外赴任に同行した男性の意識変容とキャリア設計〜駐夫の帰国前後を中心事例として〜」について、取り上げたい。

駐夫経験者10人へのインタビューを通じて、「海外帯同によるキャリア中断は、極めて有益」との研究成果が結論として得られたことは、お伝えした。

旧来の価値観が依然として根強い日本的雇用慣行下では、稼得能力の有無が男性を追い詰め、出世競争から逸脱した男性は、稼ぎ手役割を果たせないとみなされがちだ。そのため、周囲の反対や奇異な視線にさらされながらも、自ら整合性を付け、同行を決断したものの、移住先では稼得能力や築き上げたキャリア意識の喪失、バリバリ働いてきた自分に対する自信の喪失に見舞われた。

コロナ禍の2020年5月、子どもたちと作ったうどん

しかし、休職や退職で日本におけるキャリアが一旦途絶えたことは、キャリアブランクではなく、キャリアブレイクどころか、給与や労働環境などの待遇面で渡航前と比べて、キャリアアップを実現するためのブレイクに転じていた。

では、女性である駐妻の場合はどうなのだろう。先行研究によれば、働いていた生活から家庭に重きを置く生活となったことで、キャリア意識に葛藤が生じたことが明らかになっている。また、男性優位社会である日本でキャリアを積んできた女性は、帯同経験を何とかポジティブに捉えようと現地で就労を果たしたが、そこで得られたスキルは帰国後に就職した企業から歓迎されないため、帯同経験自体をなかったように立ち振る舞うケースが論じられている。

これらを踏まえて、駐妻を巡る先行研究と私の研究で分かった結果を比べると、ジェンダー間での相違点が浮かび上がった。また、日本社会が長年抱えている歪みも浮き彫りになった。

調査対象となった駐夫は、多くの男性が束縛されている日本的雇用慣行の呪縛から自らを解き放ち、当初こそ喪失感を抱いたものの、現地で受けた刺激をきっかけとして、キャリア中断を積極的かつ肯定的に受け止めることによって、葛藤を乗り越えていた。いわば、新たな男性像を発見するに至ったのである。

一方、駐妻論文では、キャリア意識に関して抱いた葛藤の先に何があったかは言及されていない。葛藤を抱いたままなのか、乗り越えたのかには明らかにされていないが、帰国後の再就職では苦戦を余儀なくされると指摘している。今回の研究と先行研究だけで判断するのは早計だが、企業側が男女、つまり駐夫と駐妻をジェンダー区別している可能性が絶対に「ない」とは言い切れない。

「男は仕事、女は仕事と家事・育児」とのジェンダー意識が通底している日本で、駐夫は極めて少ない存在であり、社会的な評価が定まっていない過渡期であるという実情はあろう。先行研究では論じられていないが、近年は駐妻のハイスペック化が進み、帰国後のキャリア再構築に苦しむことなく、同行経験を効果的に生かしている人も見受けられる。

9万字に及んだ論文は、おかげさまで優れた成績評価を得られた。本邦初の駐夫研究は何らかの形で世の中に出す意向なので、乞うご期待!

Writer’s Profile

小西一禎
小西一禎
ジャーナリスト。慶應大卒。元共同通信社政治部記者。17年、妻の米国赴任に伴い休職、渡米。在米中退社。米コロンビア大客員研究員を歴任。各メディアへの寄稿・取材歴多数。「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表。
Twitter:chu__otto
Instagram:ponpyonpyon

関連記事

ジャーナリスト小西は見た!

前回に引き続き、この春に都内の大学院で修士課程を無事修了したのにあたり、提出した修士論文「配偶者の海外赴任に同行した男性の意識変容とキャリア設計〜駐夫の帰国前後を中心事例として〜」について、取り上げたい。 駐夫経験者10 […]

漁師という生き方

漁師の仕事は夕暮れ前から始まる。日没が早い冬は、15時になると妻のサキが弁当づくりに取りかかるが、なにやら頭を抱えている。私の弁当のおかずを何にするか悩むのだという。 「昨日の残りでん入れときゃよかろうが。家にあるもんで […]

生粋Japanese ゆうの米国就職Tips

みなさん、AI使ってますか? 人工知能。まだの方は、今すぐ使った方がいいですよ。特に、対話型AIのChatGPTというAIが、今えらいことになっています。僕はChatGPTを使い始めて、アメリカ暮らしのストレスが大幅に軽 […]

生粋Japanese ゆうの米国就職Tips

私事ですが、この4月でアメリカに来て10年が経ってしまいました。駐在員として赴任してきた当初は、早ければ半年、長くても2年と言われていたのに、まさかこんなことになるとは笑。ということで今回は在米10周年を記念して、「アメ […]

漁師という生き方

九州南部のとある漁師町。県全体の7割もの漁獲量を誇り、天然の良港に恵まれた町がある。最寄りの駅からは、峠を越えて、くねくねしたリアス式海岸沿いの道を車で走らせること30分。穏やかな海に囲まれた漁港のそばで、何隻もの漁船が […]

ジャーナリスト小西は見た!

男性のキャリア中断が一般的ではない日本社会において、帰国後の駐夫はキャリアを再構築するにあたって、極めて不利な状況に置かれるのではないか――。 今春、帰国直後の2021年4月から通っていた都内の大学院で修士過程を修了した […]

生粋Japanese ゆうの米国就職Tips

本稿執筆時点では、米国テック業界ではいまだにレイオフの嵐が吹き荒れておりますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか?何故かそんなレイオフ真っ最中の会社からも転職のお誘いが来たりして、世の中って不思議だなと思っています。外か […]

生粋Japanese ゆうの米国就職Tips

年に一度のアレの時期がやって来ましたね。アメリカで働く以上、避けては通れないアレ。そう、タックスリターンです。「タックスリターン? なにそれ美味しいの?」と戯言をのたまっているあなたは、駐在員様でしょうか? 僕にもそんな […]

生粋Japanese ゆうの米国就職Tips

みなさん、年末にアメリカで就職活動をしたことはありますか? 僕は(不本意ながら)あります! 今回は、いきなり結論から書いてしまいますが、「年末のホリデーシーズンにアメリカで就職活動するのは極力避けた方がいいよ」というお話 […]

おすすめ記事

A Trip Down Memory Lane

「出〜たぁ、出〜たぁ、月が〜。まぁるい、まぁるい、まんまるい〜。盆のような月が〜」。 約50年前の9月のある日、「月」というこの曲を近所中に響き渡る大声で歌っていたのは、誰でもない、小学1年生の僕だった。普段の僕なら絶対 […]

生粋Japanese ゆうの米国就職Tips

サンフランシスコに赴任して間もない頃。日本とアメリカの働き方の違いには、色々と戸惑うことも多かったです。中でもまず驚いたのが、「アメリカ人、全然残業しないな」ということでした。 僕が新卒で入ったのは、激務で有名な外資系コ […]

日本語de不動産のプロに聞いてみました

自分のお家、借りるのと買うの、どっちがいいの?という話をしたいと思います。 賃貸の場合、家賃は物価の上昇と共に継続的にアップします。年間4%の上昇だと、10年で約1.5倍にもなります。コロナのインフレで、実際それ以上の値 […]

私は、所属しているU.S. armyからの辞令で、テキサスにある基地に転勤となり、2020年に3年の予定でコロラド州のデンバーからテキサス州コーパスクリスティに越してきました。コーパスクリスティはテキサス州で8番目の都市 […]

A Trip Down Memory Lane こころに残る四季折々の日本

パプリカの色の違いが気になったことはありませんか? パプリカが好きな方は、味の違いにも気がついていらっしゃるはず。ではどうしてこの色の違いが出てくるのか、味や栄養面も合わせて考えてみたいと思います。 *ピーマンとパプリカ […]

新着記事

答えはこちら キケロのつぶやき アメリカでは . . . 5月も半ばになると、すぐそこまで来ている夏休みに胸をときめかせている人もいれば、夏休みなど遠い先のことだと感じている人もいるかもしれません。 と言っても、なにも「 […]

生粋Japanese ゆうの米国就職Tips

みなさん、AI使ってますか? 人工知能。まだの方は、今すぐ使った方がいいですよ。特に、対話型AIのChatGPTというAIが、今えらいことになっています。僕はChatGPTを使い始めて、アメリカ暮らしのストレスが大幅に軽 […]

お金がある=幸せ? コロナ禍による経済の低迷、その上に燃料費の高騰、物価の上昇、そして海外の銀行の破綻など…。“経済の不安のフルコース”と言わんばかりに、様々な出来事が世の中で起こっています。こんな時代だからこそ「お金と […]

クスリのいろは

アメリカでは区切りの5月、長い夏休みが始まりますね。日本のコロナ禍も落ち着き、久しぶりに一時帰国される方も多いと思います。今回は、日本で購入したい薬についてお伝えします。薬剤師の私が買ってくる薬、よかったら参考にされてく […]

何か言ってもなかなか聞いてくれない。そんなことないですか? 「使ったものは片付けて」「物を出しっぱなしにしないで」そんな日常的なことだけれども、毎回毎回言っていると親の方が疲れてしまうし、なんでわからないのだろう…と思う […]

お笑い芸人パックンのめっちゃポジティブになれるお悩み相談室

これは恋? それともセクハラ? 某州でコンサルの仕事をしています。未婚です。職場にいる20歳近く年齢が離れている後輩(アメリカ人男性)から告白めいた言葉を言われています。「僕は年上が好き」「コロナで出会いがない。出会った […]

まるごとレモンでビタミンチャージ! ビタミンCの代表選手とも言えるレモン。レモンの爽やかな酸味と香りは、お料理を引き立たせてくれるだけでなく、風邪の予防など健康に嬉しい栄養素も含まれています。レモンは色々なお料理に使える […]

スポートを物語る

by サイラス・リュウイチ・トラン サッカーは、多くの人に開かれたスポーツです。私は、プロサッカーチームのないハワイで生まれ育ちましたが、幼少の頃からボールを必死に追いかけて、プロサッカー選手になる夢を叶えました。そして […]

日本では最高に盛り上がったWBC。栗山監督のシナリオ通りに、侍ジャパンがスター軍団アメリカを見事に封じ込めて勝利となりました。携帯などを扱えない高齢者もテレビ前に集まり、視聴率もひさびさに爆上がり。 今回見ていて思ったの […]

魅せる女性の磨き方

物事には、敏感に反応したり、様々な場面で反応が早い方が良いとされていますよね。例えば、会社内で人より先に何かをするには、まずは気づくことが大切で、その気づきが早いと行動も早くなり、「気の利く人」「仕事のできる人」となるの […]

小西一禎

ジャーナリスト。慶應大卒。元共同通信社政治部記者。17年、妻の米国赴任に伴い休職、渡米。在米中退社。米コロンビア大客員研究員を歴任。各メディアへの寄稿・取材歴多数。「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表。